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  • 週刊NY生活連載アーカイブス2018.3月~2018.4月

週刊NY生活コラム連載60回記念アーカイブス11
第56回              2018/3/2   
株式会社ヘルプズ.アンド.カンパニー 西村栄一
私たちの日本での生活に直接影響する介護保険の4月の改正について、前回はバーセルインデックス評価法でお世話型の介護から自立に向けた介護に変わっていくことを書きましたが、さらに環境がどのように変わっていくのかさらに掘り上げて書きます。
今回は「介護」「障害福祉サービス」の同時改定を機に国の指針として明らかになったことの一つとして、「介護」と「障害福祉」が一体型となった「共生型サービス」がスタートすることです。
既に、「訪問系サービス」は運営上の柔軟性もあり、事業形態も類似しているので、在宅型サービスとしては併設してきた実績もありましたが、「施設系サービス」となると、特にデイサービスや小規模多機能型サービスとしては親和性があまりないものでした。そこで、モデルとして参考にされているのが、多世代交流・多機能型福祉拠点サービスとして介護保険が始まる7年前(1993年)に開所された富山県の「このゆびとーまれ」という施設です。
まさに現物が先に出来て、法律が後からついてきた福祉として富山県は「基準該当障害福祉事業」として高齢者も子供も障害者も同じフロアで給付対象の時間を共有できる施設は富山県と一部の特区だけの福祉事業でしたが、厚労省は、これを「よし」として全国的に認めていこうとして4月から全国で広めることになった事業です。
自分が認知症になって「自分の意思に反した施設」に入りたくない・・もし、入ることになっても、高齢者ばかりのところで残りの人生を過ごしていく・・なんて悲劇的な想像はしたくないが、そんな中に、少しでも子供たちの存在や、自分を頼りにしてくれる障害者の方がいるのであれば、悲劇の中にも「自分が社会の何かの役に立てる存在」でいられる・・そんな環境の創造が共生型サービスなのかなと淡い期待もしつつも、こういう点は実はアメリカの方が先行してモデルを作って欲しいサービスの気がします。日本人はまだ「鎖国時代の精神」が遺伝子の中に残っており、急な異分子との共生には合わないかもしれません。日本の福祉環境では、まだ、「お互いの違いを認めあって、生きる」ということには、サービスを受ける側も提供する側も「覚悟」が必要かもしれません。日本の福祉の歴史を振り返る意味も併せて、新しい「福祉時代」への「覚悟の教育」が必要だと思います。
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第57回   2018/3/16   
株式会社ヘルプズ.アンド.カンパニー 西村栄一
日本人が喜ぶ、ウケる外国人の介護サービス。
外国人と言ってもアジア・ヨーロッパもあれば、アフリカだって、オセアニアだってあります。しかし、ここではあえて「外国人」を「日本人以外」という分け方で書かせていただきます。

ただ「ウケる」というだけでも難しいのに、さらに、「日本人が喜ぶ、ウケる外国人の介護サービス」となるとさらにハードルが上がると思います。まず取り組むことはサービスを受ける利用者へ「外国人を受け入れる前の心構え」としての「国の違いを知る勉強会」なんていうのもあっていいのかなと思っています。
しかし、「文化・習慣」「思想・宗教」「歴史・教育」「政治・経済」「軍事・外交」等のお互いの共通点すら知っていないのに、違いばかりを知っていてもウケません。その国のことを知っていくうちに、「触れてはいけないようなこと」もあるかもしれません。
一番身近なのは「文化・習慣」。文化と習慣の中には「共通」と「違い」が交錯しているものが多く、しかも、興味が生活に密着してるため、面白いものが多いです。
例えば、「音楽」。特に楽器を使った機能訓練・レクリエーションは、日本人でないから価値があることも多いです。管楽器でも、打楽器でも異国特有の文化に触れる機会は、この世代にはたまらない憧れがあるように感じます。特に、日本にはないようなその国特有の「太鼓・ドラム」は面白いです。太鼓・ドラムは太古の昔からの楽器であり、エスニックでいろいろな大中小の種類を多用することで、それぞれの個性ある音が作れることも面白いです。実際の現場では、日頃、恥ずかしがって歌わない利用者でも、手が不自由な利用者でも、首を揺らしたり、指先でポンポンとヒザをタップしたり、何らかの興味を示し、参加している一体感は楽しいです。

日本人のコミュニケーションは、外国人と比べると、「心で理解する情緒文化」です。特に、「ウチとソトの概念」、「謙虚でいることの美徳」、「空気を読んで意志決定」、「対立より中庸」等がコミュニケーションを生みだす原動力となっています。善かれ悪しかれ、幼少の頃からのその「情緒文化」を伝統的にしつけられ、教育されてきました。例えば、「みんなが・・だからしなさい」という情緒的な判断であって、発言者の意思は弱く、ただ「社会性」「協調性」として、しつけられることが多かったはずです。サービスする側もされる側もできるだけ「情緒」で済ませようとすると、いみじくも双方に「居心地のよくない気持ち」になってしまうのです。こういう点で「日本人はコミュニケーションが苦手」と言われる所以だから、外国人のサービスに違和感を覚えることが多いのかもしれません。ここをわかって受ける外国人のサービスなら喜ぶポイントや胸襟も開いてくるのではないでしょうか。

平成30年の介護保険制度改正・報酬改定では、介護の各事業の「役割分担」を明確にして行こうという流れになっています。その変化は、いみじくも新しい高齢者(団塊の世代等)に変わっていくことによる「価値観の大転換」と、外国人サービスの導入のタイミングが期せずして、新しいサービス受け入れやすい時代に移っていっているともいえるかもしれません。
価値観の違う団塊の世代は、今までいいと思っていた「扱いやすかった高齢者」から「わがままで扱いにくい高齢者」へ変わっていくと思い込むことは、我々が外国人と日本人の「違い」「共通」をわかり合うことで解決できることを確信できます。そして、その「わがまま」というのは、ただの相対的な「先入観」だと看過する方がいいのかもしれません。 
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第58回    2018/3/30  
株式会社ヘルプズ.アンド.カンパニー 西村栄一
2018年4月からの介護保険報酬改定から日本の介護はお世話型から自立支援へということは既にお伝えしている通りですが、これは家族や要介護者本人の期待する介護とは完全一致しているわけではありません。しかも、サービスを提供する側もこれから、家族や利用者とどう話し合い、調整していくか必要になっています。さらに賢明な介護経営者であれば、先手を打ち「どのように新しい法律を解釈、遵守して、売上をあげるべきか」を虎視眈々と考えています。
逆にそのサービスを受ける家族側は、介護経営者の虎視眈々を見極めつつ、そのサービスが本当に要るサービスは受けて、そうでないものは断るか、別のものを提案していかなければなりません。今回は、その動きの一部を紹介します。
いきなり私の個人の話になりますが、先日、父の訪問介護計画についてヘルパーより「4月より生活援助(料理や買い物代行)を利用者様と共に行いたいのですがいかがですか?」と提案されました。これは生活援助であれば1時間利用者負担約200円なのですが、「共に行うと見守り援助(身体介護)」は約300円になるのです。経営者としては生活援助よりも身体介護を算定したいのは当然でしょう。結局、父は「今きているヘルパーは愛想が悪いから一緒になんてしたくない。前来ていた若い子ならいいけど」と断りました。さすがの世代です。共に行いたいヘルパーであれば100円払ってでも自立に向けて思い腰をあげればいいのですが。
さらに、「介護予防はお口から」というように、介護サービスが医療や薬剤師へ「口腔問題・服薬状況」を報告する義務が出来ました。お口の衛生や噛み合わせ、咀嚼や誤嚥について介護のプロが看ることは当然でしょう。また、栄養と運動は深い関係があり、逆に栄養不足で機能訓練しても効果は薄いという改善が介護に求められるようになりました。
そして、今回の一番大きな改定の目玉は、介護医療の協力により自宅での最期看取りをさらに推進されるということです。ケアマネジャーは介護の一部ではなく、医療と介護の「橋渡し役」になっていくことです。例えば、担当利用者が入院した場合、三日以内に医療と情報共有。その後の、自宅への退院・退所にあたっての話し合いを最小三回以上行い、情報調整する。それが、もし、ターミナル期であれば、当該利用者のめまぐるしい状態変化を医師と家族とケアの方向性について迅速に計画すること。これまでは医療と介護はお亡くなりになられた後のケアについては、葬儀会社との関係は大きな溝があったのですが、これからは「生と死」は相反することではなく、共につながっている「事」であり、ケアマネジャーが間に立つことで医療と利用者家族で疑問の乖離が起きないように死後のグリーフィングケアまでできる介護が求められている時代になってきているようです。 
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第59回     2018/4/14  
株式会社ヘルプズ.アンド.カンパニー 西村栄一
今年の桜はあっという間でした。例年ですと、毎年4月10日過ぎまでいい咲き心地なのですが、今年は早いところで4月3日には葉桜になっていました。でもアメリカで活躍しているエンジェルスの大谷選手の赤いユニフォームの躍動感をテレビで見ているだけでお酒がうまい!赤いユニフォームの毎日の咲き心地をいつまでも感じていたいですね。
さて、「春の介護報酬改定」の大改革が介護業界を揺るがしていましたが、だいぶ落ち着いてきたようです。私は、今回の改定は介護保険制度が始まってやっと18年目の集大成として、ほぼ完成位に近づきつつあると見込んでいます。そのあとは、大掛かりな改定は行われなくなるでしょう。
だって、介護保険も2020年でハタチになるんで、もうオトナになった介護保険法にあーだこうだ着手することは間違っていると思います。法律ってそんなに短期間で変更ばかりするものではないはずです。これからはそんなサービスを受ける市民も生活がかかっているのですから、落ち着いた介護保険制度で自分や親にタイムリーにあったサービスを選べるアプリなんてできてもいいのではないかと思います。現時点では、市町村の裁量ではまだ介護行政を判断する力量不足で、まだ国に頼ってしまいがちで、そこの親離れがこれからの課題とされています。
さて、そう言いながらも市町村が裁定せればならない「訪問介護の生活援助サービスが過剰の可否」をチェックする制度がスタートします。その過剰かどうかは「利用者の計画を作っているケアマネジャー」の利用者と家族とのコミュニケーションにかかっているのですが、市町村の
裁量により一方的に生活援助サービスが制限されることもあり得るのです。週5回から急に2回にサービスが減らされたら、利用者や家族の近未来の暮らしにどう影響するのか?よくなるのか悪くなるのか?と、想像のアンテナを張り巡らせなければなりません。「ケアマネジャーVS市町村」戦えるのでしょうか?こうなると、「想像力」と「交渉力」「連携力」が、「ケアマネジャークオリティ」だと思うのです。利用者や家族にとって、ケアマネジャーは選べます。自由です。どの人にするかで生活が一変してしまうのです。例えば、想像力の乏しいケアマネが自分の担当になってしまったら、「とりあえず、制度が変わったので我慢してください」しか言えない担当もいるかもしれません。「市町村が・・」「制度が・・」しか言えないケアマネジャーって意外に多いです。どんな我慢ができる利用者だって、スーパースターの大谷選手だって人間。ずっと頑張り続けるロボットではないし、たまにはくじけることだってある弱い存在ということを客観的に判断できるのが介護のプロだし、野球でいうならコーチとしての力量になるでしょう。ケアマネは利用者にとっての介護コーチなのです。
では、どうやっていいケアマネジャーかどうか見分けるのでしょうか。「介護現場経験10年」がいいのでしょうか?「介護経験なし」ではダメなケアマネジャーなのでしょうか?経験によることも大事でしょう。実際には、最上級の資格「主任ケアマネジャー」になるには、当該介護業界10年の経験がないとなれないというハードルの高さです。しかし、介護経験はないけど、他業界の顧客サービスや苦情対応の10年のプロ経験は介護ではカウントゼロなのです。他の業界で様々な顧客対応や問題解決の成功事例を持った方が介護業界に入ってくることも介護業界の活性化には必要だと思います。介護の経験だけが私たちの生活を調整できるとは思えないのです。それら新たなたくさんの経験を持った感覚の持っている方が、他職種連携やまちづくりのアイディアが社会福祉に新風を起こせると思っています。私は「介護の専門職になるには」の要件を変えていきたい。資格が仕事をするのではない、人間が仕事をするのですから。ny59.jpg

第60回     2018/4/28  
株式会社ヘルプズ.アンド.カンパニー 西村栄一
さて、今回は、新しい日本の介護事業スタイルのお話をします。
本誌コラムでも「これからの介護は自立支援だ」とお伝えしています通り、施設では、「ただ時間を過ごすだけの縁側でお茶飲んだり、日向ぼっこしたり、カラオケをしたりするだけの介護」から機能訓練やリハビリ、口腔ケア、栄養の「改善を取り組む介護」へと変化して来ています。
ご自宅で過ごされている方への訪問介護も同様に「さあ、おじいちゃん、一緒に今日は何の料理を作りましょうか」と「一緒」というキーワードが入ってくるようになりました。そんな矢先、なんと、老人ホームの常識を覆す「在宅への復帰支援・機能訓練特化型」の有料老人ホームが誕生したのです。それは堺市のやすらぎの介護シャローム晴れる家5号館です。普通の老人ホームでは「終の住処」と言われ、パンフレット等では「医療介護24時間サービス提供」「人生の最期は緑に囲まれた平穏な環境で」等を売りにしている事業が多い中、シャロームさんはあえて「在宅への復帰支援」を謳う売りに、私は「なんて冒険的な・・」と思いました。しかし、私自身が将来、他人の支援が必要になる介護の決断をせまられた時に、どうしたいかといえば、絶対今のままの自宅がいいわけです。年齢を重ねてきた自分の老いを受け入れることは、自立断念や人生のギブアップを宣言するような勇気であり、なかなかできないはずです。私も51歳。まだ想像すらしたくないです。そんな中、「元気になって自宅へ帰る!」を目的にした介護事業スタイルは新時代を切り開いて行く時代に投石した感じがします。介護や医療事業は、オリジナリティや誰もやらないような先進性があればあるほど、周囲や、ましてや法令遵守と壁がその先進性の足を引っ張ったり、「介護は儲かってはいけない」という後ろめたさや摩擦を産んだりすることが他業界に比較しても多いです。しかし、摩擦を恐れて、寄らば大樹や草葉の陰で細々を経営しても面白くないし、興味が失せてしまうことも事実です。そんな中で、多少の摩擦や乗り越えなければならない壁があるからこそ「介護」がビジネスとして面白いものでもあるはずなのです。 
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